博物館実習
学芸員の資格取得のためには、実際に博物館でその仕事を体験することが必要となります。
佐川地質館は今現在、学芸員の卵をお迎えして実習を実施中です(応募はすでにしめきっています)。
発掘体験の下準備をしたり、標本の撮影をしたりと大変ながらも大学での授業では体験できない仕事を体験してもらっていますが、将来何かの役に立ってもらえばと思っています。
その実習生が作成した展示解説パネルを、昨日から研究史コーナーで展示中です。
機会があれば見に来ていただければと思います。
« 2022年7月 | トップページ | 2022年9月 »
学芸員の資格取得のためには、実際に博物館でその仕事を体験することが必要となります。
佐川地質館は今現在、学芸員の卵をお迎えして実習を実施中です(応募はすでにしめきっています)。
発掘体験の下準備をしたり、標本の撮影をしたりと大変ながらも大学での授業では体験できない仕事を体験してもらっていますが、将来何かの役に立ってもらえばと思っています。
その実習生が作成した展示解説パネルを、昨日から研究史コーナーで展示中です。
機会があれば見に来ていただければと思います。
化石の宝庫、佐川町。およそ3億年前から1億年前までの、とても長い時代にわたる化石記録が残っています。
その中でも特に化石が多く出ているのが、黒瀬川帯と呼ばれる地域です。
黒瀬川帯は、東は関東山地に始まり、紀伊半島・四国を通って九州まで東西に走っている地層帯で、東西は1000kmほどの長さがあるのに、その幅はわずか数kmほどの、とても細長い分布をしています。佐川町付近ではだいたい国道33号線に並行するように、およそ3億から2億年前の時代の黒瀬川帯の地層が分布しており、そこからは二枚貝の化石が豊富に見つかっています。化石発掘体験がかつて行われていた下山や、現在行われている川内ヶ谷も、この黒瀬川帯に含まれます。
この黒瀬川帯ですが、より新しい時代の地層に取り囲まれるように分布しており、どうしてこのようなことになっているのか、日本の地質学の謎の一つとされています。断層に沿って南方から移動してきたと言うのが有力な説ですが、新しい時代の地層を覆うように分布していた古い時代の地層が、この部分を残して削り取られたのではないかという異論もあり、結論は出ていません。
謎に満ちた黒瀬川帯ですが、黒瀬川帯が佐川町を通ってくれているおかげで、佐川町が化石の宝庫となっていることは確かです。次に国道33号線を走るときには、黒瀬川帯の化石と謎に思いを馳せてみてください。
この8月1日に、佐川地質館は開館30周年を迎えました。皆様のご厚意・ご支援に感謝を申し上げます。
佐川地質館の歴史は、佐川駅近くにあるナウマンカルスト公園から始まります。
ナウマンカルストは、1883年のナウマン来町100年を記念して整備された公園です。この公園に引き続いて、「地質のメッカ」としての佐川町の振興策としての地質館構想が、1990年あたりに持ち上がりました。そして当時のふるさと創生資金などをもとにして、町が3億円余りをかけて地質館を建設しました。
これらのナウマンカルスト公園や地質館の建設には、故・甲藤次郎高知大学名誉教授・佐川地質館初代館長のご尽力もあったようです。
1992年8月1日にオープンした地質館は、翌年10月には入館者5万人を達成しますが、近年の入場者数は年1万2千人ほどに落ち着いています。
30周年を迎えた佐川地質館ですが、今後も展示・設備の更新やウェブサイトの発信力強化などで、佐川町の学習や振興に貢献していきたいと考えています。
日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | |||
5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
26 | 27 | 28 |